小浜島、自炊生活のはじまり

家中でブンブン旋回する大量のカナブンに唖然として、私たちはとんでもないところに来ちゃったと反省しました。
それもそのはずかな、窓に網戸は入っているんですけれど、網戸は破れているので色んな虫が入って来放題なんです。

八重山は昆虫ディーラーがウロチョロしているくらい、虫マニアの方たちには聖地らしいんです。虫の種類や大きさでは台湾に負けているらしいんですが、ヤエヤマトンボとか、ヤエヤマってつくだけで一種のブランド虫になるんだそうです。
あんまり虫のことを多く書きたくないんですが、ありふれた虫でも小浜島ではいちいち大きくてカラフルだったりしていたので、目を合わせないようにするのが大変でした。

私たちだって人間です。
カナブンの衝撃が落ち着いたら急にお腹が空いて来ました。
カナブンのことはもうあきらめて暮らすしかないと、大人の対応を努めたんですけれど、お腹が空いても誰もごはんを作ってくれないことは、さらに私たちの気持ちを暗くしました。

今はちがうと思うんですけれど、平成元年当時の小浜島の外食事情では集落に飲食店がなかったんです。
正確には民宿に食堂があって、一度行ったことがあるんですけれど、わかるでしょ?沖縄の食堂のメニューって。
「おかず」とか「みそ汁」とか若い女の子の食指の湧かないメニューばかりで、これならいいだろうと、消去法で味噌ラーメン定食を注文して待つこほしばし、出て来たものはごはん大盛り、刺し身3切れ、それから大盛りの味噌ラーメンがインスタント麺だったんです。

小浜島 外食事情

「え?インスタント麺なら寮で作るわ」と思ったんですけれど返品する度胸もなく食べたんですけれどね、私は一番残念でしたよ、お刺身なんかの生のお魚が食べられないし、ラーメンライスなんて文化圏で育っていませんから、ただのインスタントラーメンに750円も払ったんです。
すばらしい原価率ですよね。

「何か食べるもの買って来ようか」グッタリ座り込んでいた私たちはようやく立ち上がりました。
食べるものを買いに行くと言っても、車で集落までの移動の途中にあった共同売店くらいしかお店らしいものはありません。
寮から歩いて2,3分の距離だったので歩いて行ってみました。

「沖縄移住、住み込みバイトの面接」こちらのページで書きましたが、私たちのお給料には離島手当が加算されていて、これはつまり自炊しなさいよ、ってことだったんです。
そこで問題の私たちの自炊スキルは、友人がおにぎりと白玉団子だけ作れるとのこと。
私の方はそれよりは若干マシで、能ある鷹は爪隠すの例え通り、一応はお腹がいっぱいになる程度の料理はできたつもりです。

けど1日3食、朝から晩まで、お弁当まで作ってとなると、友人はほぼアテにならないから、私が作るしかないのね、と目の前が真っ暗になりました。

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